2009年9月28日月曜日

hezké metro と チェコスタイル。







中心部の地下鉄はとってもかわいいデザインです。行ったことありませんが先進国のフランスのような超おしゃれ!とかではないのですが、浮き足立ってないというか、昔からこんなセンスがあるといった、
かっこつけるわけじゃないけど、これがチェコっといったデザインという気がします。
そういうほうがかっこいいですよね。
私のバイオリン友人はベローンという所の寮に住んでいます。プラハから電車で1時間です。でも大学はプラハにあります。夏休みになると寮を追い出され、プラハの寮に移されます。観光客に寮の部屋を高い値段でかしたいからです。プラハの寮は普段は安い家賃なのですが、夏休み料金でアップします。3人部屋(小さい)で今の私より高い値段をとられます。たった夏だけのことなのに沢山の荷物をもっての引越しです。
そしてこないだまたベローンに戻っていきました。
もう一人の別のピアノ友人はそのベローンにピアノを練習できる部屋がないので、何度も無理だとか、ピアノを部屋をどうにかしてと言ったにもかかわらず、結局聞き入れてもらえなかったそうです。彼女は毎日朝5時に起きてプラハの寮や学校で練習しにいくそうです。仮にも音大の寮で、彼女達にとって毎日の練習がいかに重要かを知っているのに、さすがです。
彼女の話を聞くと、ある大学の寮では9階建てで、でもエレベーターなしとか・・・・・チェコの9階建ては日本で言う10階以上です!
そういえば私の寮も最後出るとき、二度と戻ってこない?と恐ろしい質問をされたことを思い出します。
アパートも同じで、契約書に値段が書いてないのがほとんどで(税金対策で)家賃をあげられてしまうことも頻繁にあるみたいです。
私の部屋の契約書は一応値段が書いてあったけど、油断はできませんね。
そしてなんと夏のシンポジウムで一番をもらったので賞金をもらう予定でした。
久しぶりにシンポジウムで一緒だったアレーナに会い、話を聞きました。
それぞれの作品は町の中心部の庭に設置されていて、私のには屋根がついているとのことでした。
そして、賞金は・・・・・またもう一度関係者に電話してみてくれるとのことです。
アレーナはシンポジウムの人達のことを「悪い」と言っていました。
これだけは信じたくなかったけど、こんなに待たされて、なんの連絡もしてこないし、
もしかしたらと思っていました。でもあんまりいい人達だったのできっといろいろあって、
表彰式とかのときに賞金をくれるのかなとかまで考えていました。だいたい表彰式なんてないと思いますが・・。
でもサイトとかみると私の写真とかがんがん載ってるし、きっと一応誰が一番だったかとか絶対かいてあるず!でもお金は払ってないなんてなんかひどいです。
じゃ、喜ばせないでほしいし、写真もやめてほしいです。
まあ、まだわかりませんが、チェコなのでやっぱり覚悟しときます。泣。。。
きっとこういうのは日本でもどこでもよくあるんだろうな・・・・美術なんてきっとそんな扱い?!

2009年9月27日日曜日

ベルリンの秋 上・下。


最近、図書館で借りてきた「ベルリンの秋」春江一也著 を読み終えました。
ぱっと読み始めて、これは「プラハの春」という作品の続編のような書き方がしてあったので


一気に読む気がうせてしまいました。しかもいきなり漢字ばっかりで、政治や戦争の話で、 無理でしょ!私には!って思っていましたが、我慢して読めるとこまで読もうと思ったら、 かなりはまりました。きっと東ベルリンもチェコスロバキアも以前は同じ形をとっていたらから すごく興味がわきました。

この作者は実際日本の外務省の職員でプラハの春の時にチェコで大使館で勤めていて、それを目の前で体験した人です。なのですごい臨場感があり怖かったです。


彼はチェコのあとに東ベルリンの大使館に勤めます。彼がその仕事を終えて、膨大な資料を持って日本に帰ってきました。「この体験したことを何とか書き留めたいと思い、でも学術書や解説書はたくさんあるし、それでふと思ったのが、小説。登場人物が悲しんだり、泣いたりして、歴史をそのドラマの背景にすればいいんじゃないかと思いついた。ある部分は本当に起こったことだし、少ない登場人物も実在した人です。」と言っています。


私もこれが小説になっているからかろうじて読めたなと思います。授業や教科書、テレビなどでは伝わない、もっと具体的な生身の人間の苦闘が伝わってきます。それを感じて初めてベルリンの壁がどういうものだったか知ることができた気がしました。


また別の本ですが「打ちのめされるようなすごい本」米原万里著 に中国のことわざが紹介してありました。
「あなたが月を指させば、愚かな者はその指を見ている」

ベルリンの壁やベルリンの壁崩壊というものを見るだけで、そこで苦闘している人々を私は見ていなかったのだと思いました。
最近よくその壁があったときのベルリンやチェコのことについて考えます。

東ベルリンの社会主義に耐えられなくなり、何にもの人が西ドイツに亡命します。それを防ぐために一夜にして壁は作られたそうです。
まずその考えが怖い。

無理やり越境したものは射殺されます。最初は見張りの警官に射殺されるのですが、後になって自動的に越境しようとしたものを射殺する装置が取り付けられました。それに当たったら必ず死ぬという威力もので、まさに牢獄です。


チェコにはそんな壁がなかったにしても、近いものがあったのだと思います。
チェコの友人から今は観光中心の広場もプラハの春では、ロシアの戦車が来て民主化、独立のデモを鎮圧するために発砲したということを聞きました。


自分達の国によその国の人が来て支配するということがどんなことなのか、少しだけ想像できました。
日本も沖縄がそうだったし、今もきっとそうだし、
日本も満州などに乗り込んでとんでもないことをしてきたし、
でも私はそれを教科書やテレビでしかしらない。

実際チェコに住んで、この小説を読んで、たくさん泣きました。私が何かされているわけでもないけど、
なんだか人事と思えなくなる。チェコ人はこんな辛い目にあっていたのかと思うと胸が締め付けれる思いがしました。

この本の中に当時の東ベルリンは西とはかなりの差があり、なかなか物が手にはいらなかったようです。本の中にこんなやりとりがありました。
A「こんな車だけど政府に申請して12~~~後に手に入ったんですよ!」
B「12ヶ月も待つのですか?!」
A「違います12年待ったんです。」
B「!!」

これをチェコ人に車買うのに12年かかったって本当?と聞くと、
6年と答えました。
あと冷蔵庫とか電化製品は2日並ばなくてはいけなくて、家族総出で交代しながら待ち、よくやく手に入れたそうです。だからチェコ人はものを大切にするんだなと思いました。まるで生き物を扱うようです。(でも、ものによってはひどい扱いでその辺は意味がわかりませんが・・・)

届きました!





夏に日本に帰った時に、いつも私をひいきにしてくれる知り合いの方が日本酒をプレゼントしてくれました。私の初の個展に花を添えるために2本も用意してくれました。
私は一本あるだけで、チェコの方はお~~~~っと喜んでくれるので、一本でいいと言ったのですが、
2本無いとかっこつかないでしょ!?個展なんだから・・みたいなことを言ってくれました。
チェコでの個展のオープニングに日本的な考えを通す所と、私のささやかな小さい個展なのに、すごく大切に考えてくれていることに、ジーンときました。
そしてはるばる1ヶ月半の船旅を経て、届きました。もう一本はスーツケースに入れて持ってきました。どちらも地元の一級品です。みんながどんな顔して飲むか今から楽しみです。
二人でこの日本酒をどうやって送ろうか半日かけて考えて、実行したことを思い出します。
真剣に考えている内容が日本酒をどうやって外国に送るかというどうでもいいことなだけど、私達は必死で考えていろんな人の所へ行って知恵をもらったりもしました。
酒屋の亭主は超プロフェッショナルでこの人がすすめるものは間違いないだろうなという、いかにもいい酒を教えてもらい、知り合いの木材屋さんに行って、休憩がてら相談したら酒を買った店の親戚がやっているワイン屋だったら何かいい方法を知っているかもと知恵をだしてくれた、若い青年。そのワイン屋さんの若亭主もなかなかのいい男で、すごく丁寧に調べてくれました。
関わってくれた人がみんな老舗のお店の人たちで、いちいちかっこよかったです。私の町もわりといいなって思いました。
そして最後は二人倉庫で厳重な梱包をして「醤油」とかいて送りました。
とても懐かしい、子供の頃の夏休みのような1日でした。
この日の感覚は忘れがたいものになりそうです。

2009年9月26日土曜日

制作。

いちおう自分の中では完成と思っていたものも、ひと夏おいて、久しぶりに見ると、

ぜんぜん違う!こうじゃないっといった具合にがんがん彫れます。

一皮も二皮もむけて、新しい命がでてきたと思いました。(自分だけで思ってると思います)

作品をきっちり仕上げて個展に望みたいと思います。

HARUKI MURAKAMI

チェコでも村上春樹の本が沢山でていると聞いていました。
最近メトロのCMにばば~んと出ています。
本屋に入ってみたら、沢山置いてありました。
私の好きなノルウェイの森もありうれしかったです。


寂しく耐えられなく時もありましたが、本を読む生活が定着したり、新しい友人ができたり、
彫刻の他に絵も意欲的に作るようになったりと多分よい夏休みだったと思います。

夏に作った小さい作品が一番いいねと友人にほめられたので、きっとそれだけとってみても
無駄な夏ではなかったと思います。そう思いたい。
でもやっぱりもうこんな寂しい夏はごめんです。

いちおう制作の日々。







またまたインターネットができなくて日々でした。初めてではないはずなのですが、またできなくなると
がっかりしてしまいます。
バレエに行ったり、新しい友人と飲みにいったり、つぶれたり、小さい旅行にいったりしました。
もうそろそろ学校が始まるということで、朝の8時から2時までは学校にいって制作していいみたいなのでいちおうできるかぎり学校で制作していました。写真は部屋の中で制作していたらついに注意をうけてしまったので、仕方ないので家の前の原っぱで制作しました。意外と集中できます。
やっぱり制作があると日々に張りがでます。いろいろとうじうじすることがありましたが、結局制作に助けられますね。
夏の最後に新しい友人が数人できました。すごくうれしいです。



2009年9月14日月曜日

our internet does not work .....

mou internet nante yametaidesu.
kyouha ame.
kinou ha e wo kakimashita.
osakemo takusan nomimashita...hitoride.
ima ha gakkou desu.