2009年11月9日月曜日

血のつながり。。

昨日友人がうちにくるため、初めて暖房のスイッチをいれました。
でも結局今日になっても部屋は寒いままです。
少しだけ温度は上がった気がしますが・・・かなり不安です。
学校の帰りに同じ家の2階に住むイラン人夫妻と出会い、車で家まで送ってもらいました。
その時「クリスマスには日本に帰る?」と聞かれて、
帰らないと答えると、私達の家は寒いよ・・・
特に私の部屋は一階ですが、結局地下なんですよね、彼らも私の部屋が寒いことを知っていました。
まだ本格的なチェコの冬をこの部屋で経験してないので、怖いです。
耐えられるかな・・・?
引越し?と思ってしまいました。

学校や他の友人のアパートの暖房はかなり温かいです。暑いくらいです。
私の部屋のような暖房は見たことありません。
オーナーのおじいちゃんが言うには経済的な暖房らしいです。。。
実際他のアパートと光熱費を比べたことがないのでやっぱり不安です。


さて、私がやっと暖房のスイッチを入れたとチェコ人の友人に話すと驚いていました。

前に私の死んだじいちゃんの話をしたので、浩美もじいちゃんと同じ心があるねと言って、
にっこりしてました。

私のじいちゃんは97歳くらいで亡くなりました。見た目は腰も曲がってまるでガンジーみたいでしたが、
体は健康で医者嫌いかほとんどかかったことがなかったです。
頑固で尊敬できる人でした。
そのじいちゃんはいつも野菜しか食べませんでした。肉魚は嫌いで食べているところは見たことがありませんでした。
しかし!私が大学を卒業して久しぶりに家族と暮らし始めたときにじいちゃんが肉を食べていました!
えっとかなり驚きました。
歳をとったら味覚も変わったり、慣れきった食材よりも刺激のあるものを好むということをばあちゃんをみて知っていたので、じいちゃんも肉が好きになったのかなって思いました。
でも母にたずねてみると・・・・
なんと昔から肉も魚も好きだったそうです。
でも他の家族が食べていても食べなかったのは、「もったいないから」だったそうです。

じいちゃんのもったいない精神はすごいことは知っていましたが、あまりに長い間それを
誰にも言わずに実行していたことにかなり、かなりショックを受けました。

この話や子供の頃に私が受けてきたもったいない精神のしつけ?教育の話をチェコ人にすると、
思いのほか喜んでくれました。もっとしてとせがまれるくらいです 笑。
兄が拾った自転車をずっと乗っていて、壊れたので自転車屋にもっていくと、店の人がそれを見て泣いたと言ってました。多分これ以上直せないってことなんでしょう。兄は高校生になって初めて自転車を買ってもらいました。
私も姉も拾ってきた自転車を何度もペンキで色を塗って乗ったいたことを思い出します。
服もそうです。初めて買ってもらったのが何歳だったかなんて言えないです。
お菓子もそうです。
絵のついたノートや鉛筆は多分買ってもらったことないです。
ぬいぐるみは一回あります。
勉強机もいつの時代のかわからない(多分郵便局で廃棄処分になったもの)のを与えられていました。
今はお気に入りですが、あの頃はきつかったな・・・
そうなんです、今だったらいいんだけど、小学生の女の子にはこの教育は全てきつかったです。

父が母に内緒で初めて旅行先でこの店にあるもので好きなの買ってあげると言ってくれたことを思い出します。あの時はあまりの驚きに天国にも上るような、喜びで頭がくらくらしたことをおぼえています。
当時流行っていたお風呂に入れるフラッペという人形を買ってもらいました。最初で最後の人形です。
水色のかわいすぎるクマです。

でもその分、母はなんでも作っていました。服はもちろん、家で使うスリッパから、遠足のリュック、帽子、本棚(ダンボールに色紙を張る)、毛糸で作れるものはなんでも。カーテン、布団カーバー。。とにかくカバー類。
もちろん野菜果物と作れる食べ物は全部です。お菓子は買わず、年末に餅と一緒にあられも作り、1年間のお菓子はこの田舎あられでした。

今は健康志向だったり、手作りのものが流行っているし、作ること自体がかっこいいし、趣味になっています。でも私の子供の頃は使い捨ての時代になっていて、作るってことはやぼったいとされていました。

仮に・・・仮に母に美のセンスがあればまだよかったのですが、安い布なので作る服はかわいい服をきた友人の前では本当に恥ずかしかったことを思い出します。

でもこの話はチェコ人にとってかなり親近感があったようで、私もうれしいです。



チェコにきても日本にいても私は誰よりお金を使えない人なんだと思いました。
あっても使えないっていつも思うけど変な気持ちがします。

教育って大事ですね。その人の心をずーっと決定付けてきます。困ったものです。
彫刻を作っていく上ではこういう うっと心に引っかかる思い出があるのは
宝物だと思います。宝物は何もいい思い出ばかりではないですよね。

2009年11月8日日曜日

出会い。

昨日大学で友人が作っているモデルさんのクリスティーナが日本の写真家の方を連れてきました。
日本人にそうそうあえないのでまず、日本人ってことにびっくりしました。
彼は今回は東欧の素敵な人の写真を撮る仕事のためにプラハに来たそうです。

大学には金曜だったのでチェコ人は実家にすでに帰っている子が多く、彼の撮りたい雰囲気のあるチェコの子はほとんど大学にはいませんでした。

でも私の友人がクリスティーナを粘土で作っている写真を撮り、12月5日発売のトランジットという雑誌にに載せるということを言っていました。どんな風に撮ったかわかりませんが、きっといい写真になってると思います。お気に入りの二人がお気に入りの私の使っているアトリエで制作して、その窓から見える景色は冬のプラハらしい景色です。きっといい写真です!

そして今日、またその方と他の友人も一緒に飲みに行きました。
とっても楽しい時間を過ごせました。
別れはつらく、奇妙な気分になりましたが、
よい出会いはいいものです。
貴重な経験をしました。
その人は今パリに住んでいます、みんなで遊びにいくのが楽しみです。

2009年11月2日月曜日

やっと受け取りました!

金曜日にシンポジウムの賞金をやっと受け取りました。
これを受け取るまでにシンポジウムに一緒に参加したイレーナが本当に頑張ってくれました。

何度も関係者に電話をかけ、お金をきちんと支払うように話てくれました。
最後にわかったことですが、なんとシンポジウムの人たちは私の賞金も渡さず、他の人たちの作品も全部売り、そのお金も奪う状態であったのです!
イレーナが悪い人たちと言っていたけど、学生相手にここまでするとは思いませんでした。
例えチェコの物価が安くても私に渡す賞金や他の学生の作品の金額だってはっきりいって
学生料金です。シンポジウムを行った人は会社をしているくらいなのでそんな小さいお金をだましてまで
奪おうという気がわかりません。それよりも会社なので信用のほうがもっと大切だと思います。

私が展覧会の案内をシンポジウム関係者に送ったところ、一人の女性から返事がありました。
何も知らない彼女は展覧会の情報を新聞にのせてくれると共に、賞金を何に使ったか、シンポジウムの感想や、作品をどこに設置してほしいか(かなうことなら)など質問してきました。
エレーナに相談して私達はこの女性に助けてもらい、新聞にこのことを載せてもらおう!!と意気込んでいました。めっちゃスキャンダルや!!と久しぶりにこの手の興奮をしました。
あの小さい町でシンポジウムがあったことはみんな知っているし、テレビも来た!
う~んかなりのニュースだった思っていました。笑
賞金のことよりもそっちのほうが興味がでてきたところでした。

でもかなり遅くなりましたが、作品が売れた子にもお金が振り込まれ、私の手元にもイレーナから賞金を受けとりました。
私の作品は残念ながらまだ売れてないそうですが、また売れたらお金が入るそうです。


今回のことでイレーナの正義感と責任感に感動しました。
なんだろう、まだまだぜんぜんチェコ語話せないのに、彼女は私を友人として受け入れてくれる
オーラを感じます。シンポジウムが終わって3ヶ月ほど会っていなかったのに。。。気持ちは変わらず、
友人でした。
3人目のチェコ人の友人ができました。


písec














































INTERSALON AJV 2009
に出品してもらえてたので、バスで1時間45分くらいのピーセックという町に
行ってきました。プラハを小さくした町と聞いていましたが、本当に小さかったです。多分私の住んでいる旭が丘もないくらいです。でも歴史のある私の町とは比べ物にならない綺麗な所でした。
でも残念なことに私の作品は写真を提出してカタログを作ったにもかかわらず、まったく違った風に設置されてました。二つのうち、一つは簡単でもう一つはどこが底なのかわかりずらいだろうと思って、かなり覚悟していました。
でも、こうも違うとかなりショックでした。しかもこの日は最終日でそれまで誰一人それに気づかなかったということが悲しかったです。しかも適当に置いたあったならまだしも、あきらかに誰かが考えて置いた
状態で、ある意味新しい作品になってしまってます。
一緒に行ってくれた友人はこれはこれでいいじゃない?とかいってくれたけど、そういう問題ではないです!これがかなりよかったらある意味新しい発見でうれしいけど、そこまでもぜんぜんなく・・・・・
でも仕方ないと思いながら、今日の今日までこの状態だったのかと思うと、楽しみにしてた分、シュンとなってしまいました。
この展覧会は私は勝手にチェコとかスロバキア、ドイツの大学の選抜展(聞こえよくいうと)と思っていました。でもカタログを見るとほとんど学生ではなく一般の人でした。今もこの展覧会はどういうものなのか全くわかりません。
でもカタログはすごく綺麗だし、やっぱり参加させてもらって感謝感謝です。
一応係りの人に言って、作品の置き方を直させてもらいました。
でも結局、団体展と同じでぜんぜん作品はいい風に見えません。こんなにスペースがあるのに、どうしてこんな絵画みたいに壁際に飾られているのか理解できません。全体的にひどい展示だったことは確かです。きっと素人がしたものです。それで一気にあきらめがつきました。
どっちにしろ同じだって思いました。残念ながら・・・
昼食はでっかいチーズフライ80コルン(400円安い)とチョコラーダ(26コルンでかい!)をいただき、
体重を1キロ増やしてしまいました。。。。田舎は安いし、出てくるものがでかい!田舎大好きです。
最後にバスを待っている間に入った居酒屋で「ヘイ コチュカ!」と言われ一気に展覧会のことも
この日の寒すぎるストレスも吹っ飛びました。
意味はかわいいねこちゃんと言う意味です。三十路超えた私には誰から言われてもいい気分、満足して?帰りました。















ペン。

場所取りで隅っこに追いやられた私の作業場所です。
今はこの場所が気に入ってます。
自分の意思を強く言ってしまった(でも結局は相手の言いなりですが・・)
のを後悔していました。
でも最近、私だって怒るんだっていうことを認識してもらえたようで、かなり気を使ってくれることがあります。
例えば誰かが私の使っている食べ物ようのナイフを持っていってしまった時。
私が絶対返って来ない!だって前勝手に使われて、石膏まみれになっているのを発見して、自分で洗ったんだと訴え、すぐにその子を探しに行って、私のだから、必ず返してねと伝えました。

そういうことはチェコ人全般に悪気無く行われます。多分みんなのものという意識があるのかと思う。

この件があってからそれを聞いてくれた友人は必死でものを返してくれるようになりました。
私のペンを借りてそれがインクが切れるまで使ったので新しいのを買って返してくれました。
実はその子は前も私の鉛筆をくれといて、あとで買って返すと言われ、もちろん買って返すことはありませんでした。
なんていうか・・・貸してと言われると最低その時だけとか、1日だけとかの感覚で、もし長く借りたい時はそれが何日か使うだけで、買うまでもいかないようなものだったりします。その時はしばらく借りてもいいの?一言があるはずです。
でもこちらの人はいちいちものを貸すのに、いつまで?とこっちが聞かなくてはいけないの?と思ってしまうほどです。前に貸したペンの時もそのままカバンに入れて持って帰ったのを見たときはびっくりしました。家にペンくらいあるでしょ?って思います。

私の日本の家にはペンがいっぱいあります。どこの家にもきっとそれなりにあると思います。だからあげても、どっかに忘れてきてもそう気になりません。
でもここは日本の我が家ではありません!のであまり持っていません。こっちにきて買ったボールペン2本と日本から持ってきたシャーペンとデッサンようの鉛筆2本です。なくなると買わなきゃいけません。
もちろん。私だってペンくらい貸すにきまっているけど、家にまではもっていかないで・・・そしてほしいと言わないでほしいです。笑

2009年10月30日金曜日

調子のってました・・・

な~るほどなんて調子のってました。
でも昨日のモデルの授業で
「あなたのはすべて違う」
といわれました。
すべてって言わなくてもわかるよ!!
でもようするに根本的に違うってことを思い知らされました。

ただモデルを写すことによって、自分の造形力の力を付けるトレーングと思っていましたが違いました。
もちろんそうなんですが、もっと高いことを要求されていました。
私は本当の意味で具象をしてこなかったことがよくわかったし、
でもそりゃそうだという気もしました。
プラハで一つしかない具象のクラスはやっぱり特別でした。

教授が言うにはモデルは興味深い形をしてるのに、あなたの粘土はすべて興味深くないとのこと。

すごい納得しました。
そしてみなさん、まじでモデルの形が興味深いと思って、作品を作っていることを
当たり前ながら知りました。
私はまずそう思っていませんでした。
ただモデルのおじいちゃん(パベル)の顔や性格は好きだし、形も面白いって思っていました。
でもみんなが思ってるほどではなく、ただ単にささやかな気持ちです。それがもの作りに反映されるほどの感動ではないのです。
というかそんな動機でものを作ったことがないので、できた作品も私の大学生の時、または高校生と時とさしてかわりない出来栄えです。

すごく納得し、理解したけど、さてどうしよう。
かなりでかい壁です。
興味のないことの壁はよりでかいし、壁は目の前ではなくすごく遠く感じてしまいます。
(興味のない分)

しばらく悩みながら進めていこうと思います。
具象を作っている人からしたら当たり前のことかもしれません、それか、違う!て思うかもしれません。
私なりの幼い考えであり、とらえ方です。

2009年10月29日木曜日

な~んだ。

最近どうも目新しいことがなくカメラを持つ習慣がなくなってしまっています。


昨日友人の二人展のオープニングパーティーに行ってきました。
ビシェフラットという私のお気に入りの教会がある所にある画廊です。
私は自分の作品が抽象なので、抽象以外の作品は絵画も含めて、だいたい好きになってしまいます。
好みももちろんありますが、ある程度のレベルがあったら高い確率で(多分自分にはできないと思って)すごいって思います。
でも抽象彫刻だけはほとんど気に入るものはありません。私のアトリエは具象なのでみんなの作品をみて心底すごいって思っていますが、抽象のアトリエの生徒の作品はすべて別にいいと思えません。

でも昨日のオンドラっていう子の彫刻は抽象なのですが、いくつかすごくいいなと思うのがありました!
そういう作品に出会うと本当にうれしいです。
なぜかこういうときジェラシーは全く感じないのも不思議です。
またカメラを持って行こうと思います。


さて・・・・・
やっとわかりました。ずいぶんしょんぼりしていましたが、いろいろとわかり今は前と同じで
楽しく大学に通ってます。
日本の大学ではモデルが来て塑像をするということは、もちろん自分の作品を作るってことです。
当然と思っていましたが、私達のアトリエでは違いました。
そしてこっちの生徒はびっくりするくらいそっくりに作ります。教授もそれを強く勧めます。
げっ!って感じなのですが、どうやらそっくり作ることは、トレーニングとか練習のような
感じだそうです。だから自分の色を出したら意味がないのです。あくまでトレーニング、勉強オンリーだ
そうです。
そして自分の作品を作るのは他の時間にする。だからみんな授業以外では好きな作品を作ってます。
日本ではトレーニングなんてないし、練習なんてないので、このことを理解するまで時間がかかりました。
だから別にいい作品を望まれるわけではなく、ただモデルを見て、形を写す。でも徹底的にやりきる。
日本だったら目とか耳とかあんまりしっかり作らないほうがいいて教わったし、私も生徒に教えてました。でもそれはあくまで作品だからです。
でもトレーニングだったら全て作る。もちろん限界の部分もありますが・・・。

いい作品を求められるわけでなく、ただ自分のためのトレーニングで、多分別に完成しなくてもいい
みたいだし、、そしてたら一気に楽になりました。
きちんと相手(教授)の考えがわかると納得できてうれしいです。

昨日教授から私の石の作品を雑誌に載せるから4枚ほど写真を用意してって言われました。
もう嫌われてると勘違いしてたから、な~んだ
好かれてる私って思い、これもうれしかったです。
雑誌っていったいどの程度のものかわかんないけど、チェコに来てかろうじて学生といってる身分の
私に沢山チャンスをくれているような気がします。しかも外国人なのに・・ありがたい。

愛想良く、礼儀正しくしといてよかったです。